ロンドンに住んでた時の忘れられないエピソードを二つ。
ある日、仕事が終わって地下鉄で家に帰る途中のこと。クタクタに疲れていて、とにかく早く帰ってビールを飲もうと家路を急いでいた。そんな時に限って電車はフルパック状態。ロンドンにもラッシュアワーがあるのだ。
たかだか10分少々とはいえ、疲労+SUSHI詰めは辛い。わたしは心を無にすることにした。真っさらな心には冷えたビールだけがあった。
自分が降りる駅の二つほど手前だったと思う。乗り換る人が多い駅で、どっと人が降りた所でまたどっと人が乗ってきた。もうこれ以上は1人も入れないよという、これがもしSUSHI BENTO BOXであればお得感すごい状態。そして、ドアが閉まろうとするその時だった。
なんとか乗り込もうと必死の形相でダッシュしてきた白人のマダムが、閉まろうとするドアをガシッと掴もうとした。当然わたしはそのマダムの全てに驚いたが、もっと驚いたことには、ドアの近くにいた黒人のマダムがその白人のマダムの手をガシッと掴んで電車に引き入れたのだ。
MA JI DE!?
わたしだけではなく周りの人たちも二度見していた。かつて紳士の国などと呼ばれた英国とはいえ、夕方のラッシュアワーである。電車の中には〝もうこれ以上誰も乗ってくるなよ〟ヴァイブスが確かに充満していた。
そんな状況の中でギリギリでギュウギュウの所に無理くり入ってくるおばちゃんに手を差し伸べて招き入れよった!!
これは衝撃だった。
カルチャーショックだった。
満員電車といえばトーキョーのそれしか知らなかったわたしには、それまでそんな発想は1ミクロンもなかった。なんというか、トーキョーは誰とも関わらないし関わらないでくださいオーラで包まれている人が多く、ラッシュアワーなんて誰とも目が合わないまま押されたり踏まれたりするような感じだ。少なくともこのような状況で、誰かが誰かに手を差し伸べるみたいなことは想像すらできなかった。
あの黒人のマダム。あのシーンは今でも目に焼き付いている。
もう一つ。ハロウィンの季節だった。
当時住んでいたフラットのフラットメイトの一人が、長い付き合いだったという彼女にフラれたとかで、ある日ヤケ酒を飲んで暴れまくっていた。初めは自分の部屋やリビングに留まっていたのだが、そのうち玄関の壁を破壊しながら、ウォッカのボトル片手にハロウィンのオバケマスクをかぶって表に出てしまった。
問題を起こす前になんとか連れ戻そうと、他のフラットメイトと一緒になだめたり慰めたりしていたのだが、相手は失恋したばかりの酔っ払いだ。どうしようもなくて、とりあえず放置するしかなかった。
するとそのうち、ヤツは通りで道ゆく人に絡み始めた。これはまずいかも、と様子を見に行くと、黒人のいかにもギャングな男たちが5、6人、酔っ払いの元に集まってきた。
酔っ払いはオバケマスクでギャングたちを威嚇している。最初はあっち行けとかほっとけみたいな事を言っていたが、ついに、言ってはいけない黒人への差別用語を使い始めた。(ちなみに酔っ払いは白人男子)。酔っ払いよろしくもう言いたい放題。
ああ、これはやばいやつかもしれない。。。
警察を呼ぶしかないかもしれない。。。
となっていたその時、
「ヘイ、どうしたんだ、ブロ?」
「何があったんだ、話してみろよ、ブロ?」
「辛いことがあったのか、ブロ?」
(ブロ=bro=brother )
とギャングたちが酔っ払いの肩に手を回して、まるで旧知の友のように語りかけ始めたのだ。そうこうするうちに、酔っ払いは段々とおとなしくなり、やがてギャングたちに連れられて無事自分の部屋に帰っていった。
衝撃だった。
ハートを射抜かれた。
天使かよ!
天使がいれば警察はいらねえ。という事実にも衝撃を受けたが、天使はギャングの格好で現れるということにも、ダブルで射抜かれた。
何かに誰かに感動するってこういうことなんだな、というエポックメイキングな出来事だった。そして、この2つの出来事は、今でもわたしの心の指標になっている。ミラクルっていつどんなタイミングで起こるかわからないものですね。
このご時世、この世界に、そしてもちろんニッポンにも、必要なのはこういう「ソウルフル」なことなのかもしれないと最近切に思う。
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